所属クラブの活動休止を乗り越え、Jの舞台に立つ。〔藤本憲明選手:鹿児島〕

  • J3で初ゴールをあげた藤本憲明選手(鹿児島)。今後の活躍に期待が持てる選手である。

「チームのみんなが取ってくれたPKだったので、鹿児島ユナイテッド全員で決めたゴールだということを表したくて、ベンチに駆け寄ってみんなで喜びを分かち合いました」
鹿児島ユナイテッドの記念すべきJ3初ゴールを記録した藤本憲明選手のプレーは、プロとして闘えること、サッカーができることへの喜びと感謝に満ちているように感じられた。

昨年、当時所属していたSP京都FCの、2015年シーズン限りでのJFL退会が発表された。
2012年からチームに在籍し、主力として活躍を続けてきた藤本選手にとって、この発表は「頭が真っ白になった」程にショッキングな出来事だった。
先の見通しが見えず、これからサッカーを続けることができるのかどうかも不透明な状況で、「リーグ戦でも試合に入り込むのが難しかった」という。そんな大きな不安を抱えたまま、JFL最後のシーズンを終えることになってしまった。
シーズン後、今後の所属先を探していた最中、2016年シーズンからJ3への参入が決定した鹿児島ユナイテッドFCからオファーが届く。
「プロサッカー選手というのは誰にとっても夢のようなものだと思います。鹿児島ユナイテッドさんから声をかけて頂いて、J3元年でしたし、Jリーグで活躍したいという気持ちが溢れてきて、すぐに入ることを決めました。まずはスタートラインに立てたので、ここからまたチームと上を目指していけたらと思います」
藤本選手にとって、願ってもないオファーだった。SP京都でチームメイトだったGK山岡哲也選手、DF麻生瞬選手と共に、今シーズンから鹿児島ユナイテッドへ加入。初めてのJクラブ所属にも、「オフはみんな年齢の上下関係なく、みんなワイワイ仲良くやっているけど、サッカーの時は球際に激しく、オン・オフの切り替えがよくて、サッカーに集中しやすい環境でやらせてもらっています」と充実感を滲ませる。
「鹿児島のサポーターは熱くてやりがいがあります。勝ちというプレゼントがたくさんできるように頑張りたいと思います」 所属クラブの活動休止という挫折を経験した藤本選手には、「サッカーができる」ということが、どれだけ有難いことなのか実感できているのだろう。

子どもの頃、サッカーを始めた理由は「ずっとプレーし続けたかったから」なのだそうだ。
「最初親は野球をやらせたかったみたいなんですけど、野球は止まっている時間が長い、やるならずっと打っていたいと言ったらしくて、勝手にサッカーを始めた、という風に聞いています」
本人の記憶は今一つ定かではないようだが、サッカーを始める動機となった(と思われる)「プレーし続けたい」という気持ちが、アグレッシブなプレー、前線からの献身的な守備にも表れているように思う。
そして、「得点を取る」ことへの意識も非常に高い。これまで、高校3年から大学2年頃まではサイドバックとして、3年頃はサイドハーフとしてもプレーしていたそうだが、好きなポジションは、との問いには「もちろん前です」という迷いのない回答が返ってきた。
「エリア付近での意外性のあるプレーや、ゴールを決める部分というのが自分の持ち味だと思います。あとはフィニッシュの精度をもっと上げていきたい。僕自身が得点を重ねることで、J3優勝、昇格圏内という結果もついてくると思います。まずは僕がたくさん点を取ることで、チームを勝利に導いていきたいと思います」
豊富な運動量と高い技術、献身性、そしてゴールへの貪欲さを兼ね備えたストライカーが、J3の舞台でどんな輝きを放ってくれるのか。チームの成長とともに見守っていきたい。

イラストインフォメーション

SP京都時代には、山岡選手、麻生選手と自宅でたこ焼きや鍋をやっていたという藤本選手。
本場の絶品たこ焼きが食べられるユナイテッドカフェにも「行ってみたい」とのこと。ユナイテッドカフェに通えば、いつか藤本選手に会える…かも?

   

   

  • サッカーができることへの喜びと感謝に満ちているように感じられる選手である。

Reported by 川畑究無



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